八咫烏シリーズ第二部『楽園の烏』は第一部『弥栄の烏』から20年後が舞台。
若宮や浜木綿、そして雪哉は…?表紙に映る女性はいったい…?
そんな期待とワクワク感は、読んでいくうち衝撃に変わりました。
『楽園の烏』あらすじ
安原はじめは、養父の遺産としてある山を相続する。父からは「どうして売っていいかわからない限り、売ってはいけない」と謎めいた遺言を残された。
そして彼が相続人となった途端、山を売って欲しいという人々が押し寄せる。
一体その山にはなにがあるのか。「幽霊」と名乗る美しい娘の案内で、はじめは山に向かい、そこで「楽園」のごとく存在する八咫烏の住まう土地「山内」を知ることになる。
そこには博陸候と呼ばれる山内の統率者・雪斎が現れ、山内は八咫烏の住む土地だと説明を受ける。
しばらく山内に滞在することになったはじめは、「楽園」山内の裏の面を知り、争いへと巻き込まれていく。
『楽園』とはなにか
はじめは、若い山内衆である頼斗とともに山内の観光にでかけ、「あんたにとって、ここは楽園か?」と問い続けます。そして誰もがみな「博陸候は慈悲深い。ここは楽園だ。」と答えます。
博陸候は、かつて谷間とよばれた暗黒街を掃討し、住民にも新しい仕事をあたえ慈悲を持って接していると。
安原はじめは、それがひっかかったんですね。全員が肯定する楽園なんて、楽園じゃないと。
頼斗の語る博陸候への尊敬と理想も、怪しい新興宗教のような、自分の理想を相手に押し付ける感じがするんですよ。
そういえば、過去に某国が海外にいた国民に帰還を促すキャッチフレーズは「地上の楽園」でした。娼婦を女工場へ「公正」させるのも、某大国が革命後に行った事業でした。
現在の山内には、それらに似た危うさを覚えます。そして、すべて読み終えると、「楽園」の意味にゾッとします。
『楽園の烏』つながる短編『烏の山』。こちらを読むとさらにゾッとしますよ…。
残酷で魅力的な展開
『烏に単は似合わない』ではラブストーリーの定番を覆し、『玉依姫』では、せっかく長続きしそうなシリーズの世界観を早々にネタバレさせてきた阿部先生。
さらに『楽園の烏』を読んで「この作家、何する気なん?(群馬弁)」と思ったものです。
しかし、第二部ではさらに拍車をかけて、雪哉を冷徹で老獪な策士として登場させています。
『弥栄の烏』で親友亡き後の雪哉がどうなっていくのか心配でしたが、まさかここまで冷徹になっているとは…
読んでいて思わず、「雪哉がオーベルシュタインになっている…!」とつぶやきましたよ。こんな変化ってある…?
※「オーベルシュタイン」とは、田中芳樹先生の名作SF歴史絵巻『銀河英雄伝説』に登場する目的のためなら手段を選ばない軍師です。
さらに、これまでの登場人物たちが、どうやら悲惨な末路をたどったらしいと書かれていて、読み切った後に思わず「ちくしょうめ!(褒め言葉ですよ)」と口に出しましたよ。
残酷であるのに魅力的で、ページを捲る手がとめられない。ほんとうに恐ろしい作家だ…
「鍵」でひっくり返る可能性
あるいは、『烏に単は似合わない』のように、叙述トリックを使用している場合、まだ明かされていない「鍵」が見つかれば、状況が正反対にひっくり変えるかもしれない。とも思っています。
よく読み込んでみると、最初の方、はじめのセリフがラストの展開につながっていたりするので、それがセリフや細かい行動にヒントが隠れていそう。(今の所よくわからないけど)
無慈悲に見える雪哉の行動や、紫苑の宮(と思われる人)についても、これから驚くべき真実が現れるのかもしれません。
でないと、長束がそのままの地位で山内に居続けることにも説明がつくんじゃないかと。
八咫烏シリーズ感想
未読の皆さまには、まず第一部からお読みいただければ幸いです。『黄金の烏』までがアニメ化されています。各巻の概要と感想をまとめるとこんな感じです。
第一部
- 『烏に単衣は似合わない』…ゆるふわ世間知らず美少女のシンデレラストーリー?
- Audible『烏に単衣は似合わない』…そりゃこんな声で笑顔で言われたら落ちますよ…
- 『烏は主を選ばない』…ひねくれ小僧と空気読まない若君のバディ誕生
- 『黄金の烏』…人(八咫烏)食い猿がやってきた…!
- 『空棺の烏』…人材育成、和製ハリー・ポッター(魔法なし)
- 『玉依姫』…なんで私が異世界に?
- 『弥栄の烏』…山神さま、ちょっと落ち着いてください…!
第二部
- 『楽園の烏』…地獄のここが楽園だ。ダース・ベイダー雪斎爆誕
- 『追憶の烏』…私はただ、お慰めしたかっただけなのです…!
- 『烏の緑羽』…バブみイケメン成長ゲー
- 『望月の烏』…私、博陸侯のお手伝いをしたいのです!
- 『亡霊の烏』…紫苑VS博陸侯。試合に勝って勝負に負けた博陸侯
外伝
- 『かりんみず』…美味しいかりんみずはいかがですか?藤波さま
- 『さわべりのきじん』…虫を生のまま食おうとすんじゃねえ
- 『きらをきそう』…山内版・北斎の娘と花魁の世界
- 『烏百花 蛍の章 八咫烏シリーズ外伝1』…雪哉がセミ食ったりとか
- 『烏百花 白百合の章 八咫烏シリーズ外伝2』…きんかんを煮たりしています
幕間(外界視点からの山内)
松崎夏未さんによるコミカライズ
烏に単は似合わない
- 『烏に単は似合わない1』…圧巻の描写と詳細な設定で描かれる八咫烏ワールドの始まり
- 『烏に単は似合わない2』…姫たちの陰謀と思惑が交錯する中、ある事件が起こる
- 『烏に単は似合わない3』…桜花宮で起こった連続殺人。さらに姫の一人が心を病んでしまう
- 『烏に単は似合わない4』…陰謀と殺人の真相。その真犯人は意外な人物だった
烏は主を選ばない
- 『烏は主を選ばない1』…絶妙なキャラクターと風景描写
- 『烏は主を選ばない2』…ムチャ振り、刺客の襲来、貧民街への出向
- 『烏は主を選ばない3』…圧巻の谷間描写
- 『烏は主を選ばない4』…「あれは下賤の者だ」の意味
- 『烏は主を選ばない5』…意外な裏切り者と意外な協力者
ファンブック・イベント
- 『羽の生えた想像力 阿部智里BOOK(電子書籍)』…ファンブックの電子簡易版
- 『八咫烏シリーズファンBOOK』…『空棺の烏』のキャラデザインや駆け落ちしたあのカップルのその後など裏話がたくさん
- 『追憶の烏』ネタバレトークイベント感想…鬼畜作家に精神を翻弄される漫画家
- 八咫烏シリーズ展覧会&トークショー2023…眼福だったし阿部先生ファンには菩薩
- 漫画版『烏は主を選ばない』3巻刊行記念スペースざっくり聞き書き…計算され尽くしたキャラ設定まじすごい