『追想五断章』は五つの小説を探すミステリ。『氷菓』のアニメを見て以来、ずっと読みたかった米澤穂信作品です。
『追想五断章』あらすじ
伯父が営む古書店に居候する菅生芳光は、北里可南子という女性から「父親の書いた五編の短編小説を探してほしい」と依頼される。
大学を休学し、金に困っていた芳光は、伯父に黙ってその依頼を引き受けることにした。
依頼者の父親は叶黒白というペンネームで五編の小説を残している。それらは「リドル・ストーリー」と呼ばれる結末が提示されていない話であり、最後の一行は彼女の家にあるという。
芳光はこの断章を探すうちに、依頼者の父親が過去に「アントワープの銃声」という妻殺しの容疑者だと知る。五断章すべてが見つかった時、事件の真相もまた明らかになり…。
物語を探す物語
小説の中には「物語を探す物語」があります。
主人公は本にまつわる人の因縁を静観している『愛についてのデッサン』
時に、人の気持よりも本への好奇心が優先される『ビブリア古書堂シリーズ』や『せどり男爵数奇譚』。
そして『追想五断章』は、物語を探すことで登場人物たちの喪失感が浮かびあがってくる、そんな物語だと感じました。
切なさと喪失感
主要な登場人物たちは、それぞれが喪失感を感じています。そこに、単なるミステリにはない切なさや憂いを感じるのです。
妻を失い、世間から糾弾された叶黒白
父を失い、金銭面から大学を諦めなければならない主人公・芳光
父を失い、失われた真相を求める可南子
可南子は事件の真相を知るため父親の残した小説を追い求めます。しかし、芳光も可南子も、喪失を埋めようとするほど、かえって自分や他人の傷を抉ることになったような気がします。
伯父である古書店主もこう言っています。
「この仕事、誰かになにかをしてやれるなんて思うな。売った買ったで最後まで終わらせるんだ」
物語にまつわる人の思いに、軽はずみに踏み込んでしまったら、重荷を背負ってしまう。伯父さんはそんな風に思ったかも…と私は感じました。
ビブリア古書堂シリーズのように、人の気持よりも純粋な好奇心を優先できたら楽なんでしょうけれど。きっとみんな、そこまでビブロフィリア(愛書狂)にはなりきれないんですよね。
おまけ
「アントワープの銃声」というドラマチックなタイトルの付いた事件に、1981年におきた「ロス疑惑」を思い出しました。(文庫解説でも触れていました)
こちらも妻が殺される事件の容疑者として夫が捜査の対象になっています。