『きらをきそう』は異世界・山内の版画「綺羅絵」と遊郭をモチーフにした短編。今後の物語に続く設定や伏線が設けられていて、読み応えのある外伝でした。

『きらをきそう』あらすじ
長津彦(奈月彦の祖父)の金鳥代時代、町民文化が花開き「綺羅絵」と呼ばれる版画が流行。
登鯉亭と光雲亭という二人の絵師が世間の人気を二分していた。
ある時、登鯉亭と光雲亭に変わった依頼が舞い込む。花街で評判の二人の太夫、高野太夫と凌霄太夫の姿を描き、どちらか一方の絵を選ぶ競い合いだが、そこには貴族の正室選びが関わっているという。
実は、近ごろの光雲亭の仕事は、父親の代わりに娘の「しの」が手掛けていて、今回の対決も登鯉亭としのが受けることに。
二人は下絵を描くためそれそれの太夫の元を訪れるが、しのは高野太夫の描き方がつかめず、こっそりと妓楼に忍び込む。
太夫の姿を垣間見ようとするが、そこで見たのは…
絵師と花魁
八咫烏シリーズでは、衣装などの風俗は身分が下がるに連れて時代が下がる設定です。特に中央の里烏社会は江戸文化の華やかさを取り入れ、独自の進化をとげています。
遊郭文化は江戸の吉原をモデルにしているようですが、本性が烏の彼女たちは飛べるため、遊郭の窓は逃げられないよう格子がはめ込まれているなど、異世界独自の設定も見えて興味深いです。
しかし、正直なところ、光雲亭と「しの」、登鯉亭は、葛飾北斎と娘の葛飾応為、弟子の渓斎英泉と被ってしまうんですよ。
モデルのほうが個性が強いから、どうしたって比較してしまう。
それに凌霄太夫と高野太夫の関係も、松井今朝子さんの『吉原十二月』の花魁二人と比べちゃうんだよなあ。だからといって『きらをきそう』がつまらないわけでは決してないんですが。
最後は山内の世界観や二人の太夫の出自や感情が伝わる展開になっていて、山内独自の物語として楽しめました。
綺羅絵の描写
綺羅絵は、浮世絵と同じく木版で刷られるものと肉筆画がありますね。
しかし、しのが描く綺羅絵の描写は、日本画というより油絵の表現力を感じます。特に、高尾太夫を描いた絵の描写を読んだ時、私は黒田清隆の絵画「智・感・情」を思い出しました。
特に「感」の絵は高野太夫の凛とした美しさを感じます。もしかしたら、綺羅絵は浮世絵より、もう少し写実的なのかもしれません。
これから「しの」が成長し、どんな絵師となるのか「楽園」時代まで生きているとしたら、一体どんな絵を描いているのか、気になるところです。
私は「望月」と「亡霊」で出てきた綺羅絵は、婆さんになった「しの」が描いたような気がするんです。
彼女なら博陸候の体制に不満をもっていて、実際に描き切る胆力もありそうですから。
ネタバレ感想
そして、今回、綺羅絵によって選ばれたのは凌霄太夫の方でした。そして彼女が後の北本家当主の妻であり、雪哉の祖母となるお凌の方です。
凌霄太夫は、松崎先生がコミカライズ『烏に単は似合わない3』に花魁パートを登場させたことで阿部先生がインスパイアされ『きらをきそう』ができたのだとか。
また、彼女の特殊能力、「客の顔と行動をすべて覚えている」超記憶の体質は、孫に当たる雪哉にも(おそらく娘の冬木にも)受け継がれています。
八咫烏シリーズ感想
未読の皆さまには、まず第一部からお読みいただければ幸いです。『黄金の烏』までがアニメ化されています。各巻の概要と感想をまとめるとこんな感じです。
第一部
- 『烏に単衣は似合わない』…ゆるふわ世間知らず美少女のシンデレラストーリー?
- Audible『烏に単衣は似合わない』…そりゃこんな声で笑顔で言われたら落ちますよ…
- 『烏は主を選ばない』…ひねくれ小僧と空気読まない若君のバディ誕生
- 『黄金の烏』…人(八咫烏)食い猿がやってきた…!
- 『空棺の烏』…人材育成、和製ハリー・ポッター(魔法なし)
- 『玉依姫』…なんで私が異世界に?
- 『弥栄の烏』…山神さま、ちょっと落ち着いてください…!
第二部
- 『楽園の烏』…地獄のここが楽園だ。ダース・ベイダー雪斎爆誕
- 『追憶の烏』…私はただ、お慰めしたかっただけなのです…!
- 『烏の緑羽』…バブみイケメン成長ゲー
- 『望月の烏』…私、博陸侯のお手伝いをしたいのです!
- 『亡霊の烏』…紫苑VS博陸侯。試合に勝って勝負に負けた博陸侯
外伝
- 『かりんみず』…美味しいかりんみずはいかがですか?藤波さま
- 『さわべりのきじん』…虫を生のまま食おうとすんじゃねえ
- 『きらをきそう』…山内版・北斎の娘と花魁の世界
- 『烏百花 蛍の章 八咫烏シリーズ外伝1』…雪哉がセミ食ったりとか
- 『烏百花 白百合の章 八咫烏シリーズ外伝2』…きんかんを煮たりしています
幕間(外界視点からの山内)
松崎夏未さんによるコミカライズ
- 『烏に単は似合わない1』…圧巻の描写と詳細な設定で描かれる八咫烏ワールドの始まり
- 『烏に単は似合わない2』…姫たちの陰謀と思惑が交錯する中、ある事件が起こる
- 『烏に単は似合わない3』…桜花宮で起こった連続殺人。さらに姫の一人が心を病んでしまう
- 『烏に単は似合わない4』…陰謀と殺人の真相。その真犯人は意外な人物だった
- 『烏は主を選ばない1』…絶妙なキャラクターと風景描写
- 『烏は主を選ばない2』…ムチャ振り、刺客の襲来、貧民街への出向
- 『烏は主を選ばない3』…圧巻の谷間描写
- 『烏は主を選ばない4』…「あれは下賤の者だ」の意味
- 『烏は主を選ばない5』…意外な裏切り者と意外な協力者
ファンブック・イベント
- 『羽の生えた想像力 阿部智里BOOK(電子書籍)』…ファンブックの電子簡易版
- 『八咫烏シリーズファンブック』…読めばだいたいのことはわかる
- 『追憶の烏』ネタバレトークイベント感想…鬼畜作家に精神を翻弄される漫画家
- 八咫烏シリーズ展覧会&トークショー2023…眼福だったし阿部先生ファンには菩薩だった
- 漫画版『烏は主を選ばない』3巻刊行記念スペースざっくり聞き書き…計算され尽くしたキャラ設定まじすごい