八咫烏シリーズ外伝『おにびさく』。「鬼火灯籠」という山内独自の工芸品(照明)と、それを創る職人の成長が描かれた短編。
後の『追憶の烏』につながるエピソードも。
ファンタジーは王や貴族といった施政者よりも、市井の生活にこそ世界観が反映されていて、興味がつきません。

『おにびさく』あらすじ
師匠である養父に死なれ、不器用で自信のもてない職人の登喜司。さる高貴な方から、鬼火灯籠の製作を依頼され、登喜司をはじめ多くの職人が参加することに。
他の職人と自分を比べ、自信がもてなかった登喜司に、養母は意外な言葉をかけてくれて…。
山内のグッドデザイン
師匠である養父に死なれ、不器用で自信のもてない職人の登喜司。ですが、彼がもがきながら作り上げた鬼火灯籠。
父親から受け継いだ技法と、登喜司自身のデザインセンスもすばらしいのですが、私がなにより感じたのは「使う人のために」と考えられている点が優れていると思うのです。
大紫の御前の「母性」
『烏に単は似合わない』で心に傷を追った藤波を慰めるため、大紫の御前が鬼火灯籠の制作を依頼します。
『八咫烏シリーズファンブック』によると、藤波はあの事件後、大紫の御前により尼寺に預けられているそうです。
果たして憎い若宮の妹である藤波に、大紫の御前は「母性」を感じたのか。
私はどちらかというと、「思ってはいけない相手への、叶わない想い」を持つ同士としてのシンパシーなのじゃないかなと思うのです。
大紫の御前は藤波の中にも「自分」を見出していたのかもしれません。
※大紫の御前の心情については外伝『なつのゆうばえ』で語られています。
しかし、そうはいっても、大紫の御前が藤波に対して若宮と違う感情があるのは事実のようですね。
そして、深く傷ついてしまった藤波の心が癒やされますように。でも、傷つけた当の本人は今ものほほんとしているんだろうな…。
物語がある救い
登喜司のつくる回り灯籠の描写を読んだ時、故郷・お盆の風景を思い出しました。
灯籠の淡い光が川のきらめきのように部屋中に溢れ、とても美しいのです。読んでいて懐かしくなりました。
この話を読んだ時はちょうどコロナが蔓延し、心身ともに苦しい時期でした。そんな時、定期的に物語を提供してくれたことで、どんなに励まされたことか。
本当に物語って救いになりますね。

八咫烏シリーズ感想
未読の皆さまには、まず第一部からお読みいただければ幸いです。『黄金の烏』までがアニメ化されています。各巻の概要と感想をまとめるとこんな感じです。
第一部
- 『烏に単衣は似合わない』…ゆるふわ世間知らず美少女のシンデレラストーリー?
- Audible『烏に単衣は似合わない』…そりゃこんな声で笑顔で言われたら落ちますよ…
- 『烏は主を選ばない』…ひねくれ小僧と空気読まない若君のバディ誕生
- 『黄金の烏』…人(八咫烏)食い猿がやってきた…!
- 『空棺の烏』…人材育成、和製ハリー・ポッター(魔法なし)
- 『玉依姫』…なんで私が異世界に?
- 『弥栄の烏』…山神さま、ちょっと落ち着いてください…!
第二部
- 『楽園の烏』…地獄のここが楽園だ。ダース・ベイダー雪斎爆誕
- 『追憶の烏』…私はただ、お慰めしたかっただけなのです…!
- 『烏の緑羽』…バブみイケメン成長ゲー
- 『望月の烏』…私、博陸侯のお手伝いをしたいのです!
- 『亡霊の烏』…紫苑VS博陸侯。試合に勝って勝負に負けた博陸侯
外伝
- 『かりんみず』…美味しいかりんみずはいかがですか?藤波さま
- 『さわべりのきじん』…虫を生のまま食おうとすんじゃねえ
- 『きらをきそう』…山内の北斎父娘
- 『烏百花 蛍の章 八咫烏シリーズ外伝1』…雪哉がセミ食ったりとか
- 『烏百花 白百合の章 八咫烏シリーズ外伝2』…きんかんを煮たりしています
幕間(外界視点からの山内)
松崎夏未さんによるコミカライズ
- 『烏に単は似合わない』…四巻の一コマが特にヤバい
- 『烏は主を選ばない1』…絶妙なキャラクターと風景描写
- 『烏は主を選ばない2』…ムチャ振り、刺客の襲来、貧民街への出向
- 『烏は主を選ばない3』…圧巻の谷間描写
- 『烏は主を選ばない4』…「あれは下賤の者だ」の意味
- 『烏は主を選ばない5』…意外な裏切り者と意外な協力者
ファンブック・イベント
- 『羽の生えた想像力 阿部智里BOOK(電子書籍)』…ファンブックの電子簡易版
- 『八咫烏シリーズファンブック』…読めばだいたいのことはわかる
- 『追憶の烏』ネタバレトークイベント感想…鬼畜作家に精神を翻弄される漫画家
- 八咫烏シリーズ展覧会&トークショー2023…眼福だったし阿部先生ファンには菩薩だった
- 漫画版『烏は主を選ばない』3巻刊行記念スペースざっくり聞き書き…計算され尽くしたキャラ設定まじすごい