八咫烏シリーズ8『追憶の烏』(後半ネタバレ)阿部智里

八咫烏 ファンタジー

追憶の烏』は衝撃と恐怖。そして「雪哉」が「博陸侯」になる経緯が語られます。

読み終わったら、彼が冷徹な暴君になった理由がわかりますし、そうなったのも仕方がない、と思えるほどの事件が起こりました。

構成の見事さ、第一部前半の伏線回収、衝撃の展開と謎解き、つかの間の幸福と耐え難い悲劇。それらがすべて詰まっていて、読み終わると頭がクラクラしました。

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『追憶の烏』あらすじ

『弥栄の烏』から数年。金鳥となった奈月彦。娘の紫苑の宮は賢く美しく成長し、奈月彦は娘を後継者として立てようと画策する。

ちょうど東領から花祭りへの誘いがあり、紫苑の宮は雪哉とともにお披露目のため東領へ。百花繚乱の祭りを楽しむものの、その後、雪哉は外界留学で宮の元を離れることになる。

しかし、留学中の雪哉にもたらされた知らせによって、彼らは窮地に立たされることに…。

構成の見事さ・伏線の回収

最初は紫苑の宮と雪哉、奈月彦一家の睦まじい様子がこれでもか、と描かれます。にぎやかな祭りの風景、紫苑の宮を連れ出し二人で観た夜桜。

前半が美しければ美しいほど、その後の悲劇が際立つことになります。

そして、雪哉の外界留学中に起きた暗殺事件。それでも、雪哉は親友のときと同じく冷静に対処します。

ここからミステリ謎解きパートになり、犯人は見つかるものの、後半の展開によって雪哉は冷徹な「博陸侯」と化します。

それはなんだか、アナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーになる様子に似ていました。

驚いたのは『黄金の烏』で行方不明だった小梅が登場したことです。東家で下女として働く彼女は今後どのように関わってくるのか。

ここでは、第一部の前半であった事件を踏襲しながら、新しい展開へと読者は導かれてゆくのですが…。


ここから衝撃のネタバレです。未読の方はお読みになりませんように。私はすっかり騙されました。阿部智里という作家の恐ろしさを改めて実感しました。(ほめ言葉です)

歴史は愚者によって作られる(ネタバレ)

登場人物にも読者からも「何もできないだろう」と高をくくっていた人物たちの行動によって、雪哉はどん底に落とされます。

忘れていたんです。時に歴史を動かすのは「英雄」ではなく「愚者」だということを。『銀河英雄伝説』でも歴史を変えた暗殺を行ったのは、愚者の狂人でした。

推理パートでは奈月彦の暗殺と、その犯人である藤浪の宮と瀧本の心情が語られます。たぶん、この二人が心を通わせていたら今回の事件は起こらなかっただろうに…と思わせる切なさ。

奈月彦を失ったことで紫苑の宮の世継ぎ問題は座礁。そして日嗣の御子を決める段になり、現れたのがあの女でした。

あの女の復活(ネタバレ)

あせびは、『オーバーロード』のラナー姫のジーニアススキルと、よしながふみさんの『大奥』の治済の残酷さを併せ持つ(そしてその自覚のない)女だと私は思っています。

それでも怖いもの見たさで「雪哉とあせびの対決が見たいけれど、軍配は雪哉」などと思っていました。

なぜなら彼女の人心掌握スキルは近づかないと発揮されないから。幽閉状態の彼女にできることはないと思っていました。

しかし、近づいた人物がいて、それが曲がりなりにも山内を動かせる立場の人物だったとしたら。答は最初から示されていたんです。

『烏に単は似合わない』で先帝はあせびに執心していたのだから。

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東家の新当主・青嗣は「父親とは違う道を行く」と言ったとおり、最凶の獣を解き放ち、贄を捧げたんですね。先の金鳥代を(彼は望んで贄になったのでしょうけど)。

そして二人の間には息子ができた。すべては、東家と南家の陰謀だったわけです。

「大紫の御前(紫雲の院)」という大きなエサをちらつかされ、後ろの釣り糸に気が付かなかった。私も、そして雪哉も。

愚者ではあるが曲がりなりにも先帝で「権威」としての効力をもっている。そのことを最大限に利用して、あせびの子を「若い金鳥」として即位させることに成功します。

これまでことさら「大紫の御前」ばかりが強調されてきたことに「ひっかかり」を感じてはいましたが、そういうことだったとは…。

奈月彦のために涙を流す彼女は「本当に」悲しんでいるのでしょう。それこそが彼女の恐ろしいところです。

おそらく以前よりもなお、彼女の衣の下には八咫烏の死体が積み重なっていることでしょう。
コミカライズ『烏に単は似合わない』参照

貴族の復讐(ネタバレ)

『弥栄の烏』で雪哉が貴族を猿対策の犠牲にしたことや、奈月彦のこれまでの態度や政策に不満をつのらせていた貴族たちの復讐。

そして、四家のなりたちは「都から下った神の眷属(烏)の息子たち」で、宗家が「眷属の長と、地元の山神との子」なわけですから。

「田舎者の血筋に忠誠を尽くす」ことに不満があったとしてもおかしくはない。

「コミュニティ全体の危機」と言われても、そう安々と一枚岩になれないのは人間も八咫烏も一緒です。コロナを通じて、一層そう感じましたから。

「追憶」から「楽園」へ

そのような経緯があり、雪哉は冷徹な暴君「博陸侯」となりますが、まだ謎はいくつか残っています。

  • 紫苑の宮の行方と目的
  • 奈月彦の遺言の真意
  • 朔王とはじめの行動
  • 山神と玉依姫の動向

などです。
最後に登場した真穂の薄の娘・葵(澄生)の正体も謎ですし、今後は「楽園」がどうなっていくのかが描かれていくのでしょう。

今回が第一部の前半が回収されたのだとしたら次回は『玉依姫』『弥栄の烏』で問題となった「真の金鳥の真名」が明かされるのでしょうか…?

八咫烏シリーズ感想

未読の皆さまには、まず第一部からお読みいただければ幸いです。『黄金の烏』までがアニメ化されています。各巻の概要と感想をまとめるとこんな感じです。

第一部

第二部

外伝

幕間(外界視点からの山内)

松崎夏未さんによるコミカライズ

烏に単は似合わない

烏は主を選ばない

ファンブック・イベント

ネタバレ込みのこれまでの考察

阿部智里作品

八咫烏シリーズ以外にも、いくつか作品を書かれています。

  • 『発現』…「あの子」がやってくる。戦争の歴史を交えたホラー
  • 皇后の碧』…美しい精霊の世界を描いたファンタジーミステリ

八咫烏シリーズ第一部(アニメ化されたもの)

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