慈愛に満ちた聖母を讃える歌『スタバトマーテル』がタイトルの物語。
しかし、これは私が今まで読んだ本の中でも結構「怖い」部類に入ります。
母親の持つ母性は、神様から与えられた中で最も純粋で強い力。母親はそれで子供を守り、慈しむ。
けれどもし、その強い母性が「歪んで」いるとしたら…。
『スタバトマーテル』 あらすじ
りり子は才能をもちながらもある理由から声楽家の道をあきらめ、芸術大学の声楽科の助手に甘んじている。
ある日、代理で歌った「スタバトマーテル」が縁で、美術科の講師である版画家・瀧本大地と出会う。
人前で極度に緊張して歌えなくなるりり子に、大地は「神様のための声だ」と讃える。
お互いにひかれあう二人だったが、大地の母親・瑞穂は異様なまでに大地に執着し、二人の仲を裂こうとする。
りり子は暴漢に襲われたり、無言電話が続いたりと数々の嫌がらせを受けるが、気の強いりり子はひるまずに大地を愛し続ける。
しかし、大地の母親・瑞穂の失明の原因が大地への角膜移植だと聞かされる。歪んでしまった母性から逃れる道はあるのか…。
母性の恐ろしさ
りり子と大地の恋の始まりは読んでいてもワクワクするし、美しい歌声や版画の表現もすばらしいんだけれど、やはりこの作品で一番感じるのは「怖さ」ですね。
とにかくもう「母親」の子供に対する粘着質な執着が恐ろしくて。
ジワジワと締められていく感じ。
作中「母親」が
「あの子は私が産んだ。だからわたしのものだ。」
と当然のように言うのが本当に怖い。
ホラー映画なら映画を見るのをやめればいいし、幽霊に悩まされたら霊媒師を頼めばいい。
けれど「恐怖」がいちばん身近な愛すべき存在からだったとしたら、もう一生呪縛から逃れられないんですよ。
物語のラスト。それが今後「希望」になるのか、「恐怖」になるのかわからないけれど、執着ではなく、愛情であってほしいと思いました。
でもあの展開だったら十数年後にまた「母性」の因果が復活しそう…。
近藤史恵作品感想
近藤史恵さんの作品はどれを読んでもはずれがない。
ビストロパ・マルシリーズ
カフェ・ルーズシリーズ
- 『ねむりねずみ』…歌舞伎界で起こる殺人事件
- 『みかんとひよどり』…ジビエシェフと猟師のバディ
- 『あなたに贈るキス』…美しくて残酷な青春ミステリ
- 『スタバトマーテル』…最も強く、最も恐ろしいのは母の愛

