私の好みが幕の内弁当のように詰まっていて、読んでいる間、とても楽しくて、ひさびさに「読み終わりたくない」と思いました。
これまで日常を描いた小説はいくつも読んできましたが、『スナック墓場』の短編はどれも幸福と不幸が「いい塩梅」なんです。
普通の日常と、ほんの少しの非日常、これが読んでいてとても心地がいい。
ラインのふたり
倉庫作業員の霧子と亜紀。二人で予定を合わせて働き、終わると亜紀の車で帰る(車通勤はルール違反だが)。時々は一緒にご飯を食べるが、お互いどこに住んでいるかは知らない。
仕事ができる二人だが、ある工場の女性社員「ジャミラさん」だけは苦手としていた。
私はオフィス内でしたが、こうした単純作業の経験があるので、現場の雰囲気がより伝わってきました。
霧子と亜紀は、ウマは合うけれど深入りせず、友情というより相棒のようで、この関係性が読んでいて心地いいです。
カシさん
夫婦が営むクリーニング店に来た風変わりな女性客「カシさん」。彼女は、下着も含めてすべての衣類をクリーニングしてほしいという。
カシさんは何者なのか、なぜ下着までクリーニングに出そうとするのか(それも自分で予洗いしてまで)。そのあたりの謎は、なんとなくわかったような、わからないような。
それでもきっと、カシさんとクリーニング屋の関係はこのまま続いていきそうです。
姉といもうと
幸田文の小説『流れる』に憧れて家政婦になった姉・里香は、指の一部がない妹・多美子の二人暮し。
妹は指が無くてもてきぱきと家事をこなし、ご近所の夫婦が経営するラブホテルでアルバイトをしていた。ある時、妹から「付き合っている人に会ってほしい」と言われ…。
妹に障害はあるものの、あえてそれを主題にしていません。
姉の仕事先の旦那さんが多美子の彼氏の上司だったとか、そんな日常のささいな出来事が描かれています。
駐車場のねこ
ふとん屋の民子は野良猫たちに餌をやっている。猫は去勢済の「さくら猫」だし、客受けがいいので商店街でも餌やりを認めていた。
しかし、向かいのふぐ屋の料理人だけは、民子に文句を言ってきた。ある時、民子が膝の手術で入院中に夫から猫たちが来なくなったと聞かされて、ふぐ屋がなにかしたのではと思い込むようになる。
商店街で向かい合っていても詳しくは知らないご近所たち。その後、ふぐ屋は店を畳んだのですが、なにか事情を勘ぐりたくなってしまいます。
米屋の母娘
益郎は足を挫いた母親に頼まれ、週末に母のマンションに通っている。腹が減ったので近所の米屋で弁当を買うものの、なぜかそこの弁当は量が少なく、米屋の母娘は無愛想だった。
その後もしばらく米屋で弁当を買い続けていた益郎だが、ある日、とうとう弁当にメインのおかずが入っておらず…。
こうした個人商店というのは、ものすごく愛想がいいか、逆に無愛想かどちらかですよね。なんだか、こうした店に入った時の独特な匂いまで感じられそうな話でした。
一等賞
ユキは商店街のソバ屋へバイトに行く途中、荒雄さんの発作に出会う。ときどき幻覚が見えて徘徊する荒雄さん。
そんな荒雄さんを、商店街の人達は示し合わせて動き回らせることで毎回無事に家に帰らせているのだ。
その日も見事な連携プレーと、アンカーの化粧品屋の奥さんの導きによって、荒雄さんは無事帰宅したのだった。
しかし、ある時ユキが化粧品屋の店番を頼まれた時、荒雄さんの発作がでてしまった。
「目玉が転がっていった」という、新しい発作パターンのため、商店街の人達は四苦八苦しながら荒雄さんバトンを回していく。
が、肝心の化粧品屋の奥さんは不在。ユキは無事、荒雄さんを家に返せるのか。
はた目から見ると「問題」のある荒雄さんの行動を、言葉は悪いけれど運動会のように役割を果たしながら、排除するわけでもなく、そのまま受け入れて共存している商店街の人々がすごい。
読んでいるこちらも、なぜか達成感を感じます。
漫画『ミステリと言う勿れ』に出てきた話を思い出しました。海外には「自由に徘徊できる、認知症の人々が一緒に暮らす町」があるそうです。この商店街もいろいろな人を受け入れている共同体のように感じました。
スナック墓場
閉店した「スナック波止場」のスタッフだった克子、ハナちゃん、美園ママ。三人は年に一度同窓会を開いている。さびれた商店街の奥にあったスナック波止場はなぜか常連客も多く、賑わっていた。
それはママがどんな客も同じく、時にぞんざいに扱っていて、それがなぜか居心地がいいらしい。
しかし、ある時常連客が立て続けに亡くな出来事が起こる。ほどなくオーナーも亡くなったことでスナックは閉店に追い込まれ…。
元の職場の人たちと同窓会ができるって、なんだかいいな。
ここもまた、一緒にいて楽しいけれど、深入りしない。そんな関係が居心地よく感じます。
文庫版『駐車場のねこ』
『スナック墓場』から『駐車場のねこ』へタイトルが変わった文庫版。
文庫として売るには少しでもキャッチーなタイトルが必要だったのでしょうが。でも私は『スナック墓場』の方が好きです。
森絵都さんの解説も含め、普通とはなにかを考えされられる作品です。