『駐車場のねこ』は普通の人と、ちょっと普通じゃない人たちの物語。この「わからない感じ」が面白くて少し怖いのです。
文庫化の際に『スナック墓場』から『駐車場のねこ』へタイトルが変更されました。
きっと新人作家の文庫として売るには少しでもキャッチーなタイトルが必要だったのでしょうが、私は『スナック墓場』の方が好きです。
・『スナック墓場の感想はこちら』
以下、単行本版で書いていない分の感想です。
カシさん
夫婦が営むクリーニング店。そこへ来た風変わりな女性客「カシさん」は、下着も含めてすべての衣類をクリーニングしてほしいという。
カシさんは何者なのか。なぜ下着までクリーニングに出そうとするのか、なぜクリーニング屋の主人を見つめるのか。そのあたりの謎は、なんとなくわかったような、わからないような。
それでもきっと、わからないままにカシさんとクリーニング屋の関係は続いていくのでしょうね。
駐車場のねこ
ふとん屋の民子は野良猫たちに餌をやっている。猫は去勢済の「さくら猫」だし、客受けがいいので商店街でも餌やりを認めていた。
しかし、向かいのふぐ屋の料理人だけは、民子に文句を言ってきた。ある時、民子が膝の手術で入院中に夫から猫たちが来なくなったと聞かされる。民子はふぐ屋がなにかしたのではと思い込むようになり…。
商店街の店同士って、連帯感があるのかとおもったら、アパートと同じで付き合いがないことも多いんですね。近所が何をしているかわからないのが少し怖い感じがします。
米屋の母娘
益郎は足を挫いた母親に頼まれ、週末に母のマンションに通っている。近所の米屋で弁当を買うものの、なぜかそこの弁当は量が少なく店の母娘は無愛想だった。
その後もある理由から弁当を買い続けていた益郎だが、ある日、とうとう弁当にメインのおかずが入っておらず…。
こうした個人商店というのは、愛想がいいか、逆に無愛想かどちらかですよね。こうした店に入った時の、独特なホコリ臭さまで感じられそうな話でした。
森絵都の解説に反論
解説の森絵都さんも、嶋津さんの独特な日常と人々の捉え方につい絶賛しています。しかし「これだけ変わった人たちを出してるのに?どこまでも天然」とツッコミを入れています。
作者がインタビューで「日常にこだわった」と書いているのに…。
大作家様の意見に異を唱えるのは恐縮ですが、かの向田邦子さんだって日常の中の異常(不倫とか)や奇妙な人々を描いていましたよ。
作中に登場人物は一見、変わっていますが、案外わたしたちの周りにいるものです。それを「作者が天然」で片付けてしまうのどうなのかな…。
そのほかの嶋津輝作品
『襷がけの二人』は昭和初期から戦後に、妻と女中、身分が逆転した二人の女性の物語です。