夏が来ると読みたくなる『マレー蘭印紀行』。詩人の金子光晴が昭和初期に旅した東南アジアの旅行記です。今でも旅行者たちの愛読書として読み継がれています。
『マレー蘭印紀行』とは
作者の金子光晴は当時、妻・三千代の不倫に悩まされていました。光晴は妻と男と離れさせるため欧州旅行を計画します。
しかし、渡航費用が足りず、金子は妻だけを先にいかせて、自分は東南アジアを旅しながら路銀を稼ぎます。
ページを開くと、南国への旅が始まる
『マレー蘭印紀行』には不思議な没入感があります。ページを開くと、濁った川と熱帯雨林、照りつける日差し、濃厚な南国の匂いが目の前に現れます。
その文章はまるで、映画のワンシーンのようで、頭の中でさあっと情景が浮かぶのです。
現地の美しい女性と対峙した時、彼女に見透かされているような感覚と、彼女が密林の奥へ伴侶とともに消えていく場面は、本当に映画のようでした。
川をわたり、街を散歩し、茶館でコーヒーを飲む。そんな旅の暮らしにあこがれて、読書のおともにバナナとパンとコーヒーを用意してしまうのです。
毎朝、ピーサン(芭蕉:バナナ)二本と、ざらめ砂糖と牛酪(バタ)をぬったロッテ(パン)一片、珈琲一杯の軽い朝食をとることにきめていた。
故郷を遠く離れて
金子光晴の描く東南アジアは詩的で美しくて、強烈なセンチメンタルを感じます。
彼が旅した昭和初期。東南アジアには多くの日本人が進出していました。各所に日本人倶楽部があり、金子光晴は日本や旅先の情報を土産にそうした日本人倶楽部に寄宿しています。
日本人の東南アジア進出の最先鋒は「娘子軍」と呼ばれる娼婦たちでした。
彼女たちはシワを白粉で隠し、異国で異人たちに身を売ります。その境遇は悲惨で、逃げ出して猛獣に食われたり、たちの悪い情夫に貢がされたり。
金子光晴はそうした彼女たちの身の上話を淡々と描いているのですが、それが逆に、切なくて身につまされるのです。