万城目さんにかかれば、京都では何が起こっても不思議ではありません。たとえそれが過去の人々との遭遇であろうとも。
『鴨川モルホー』、『モルホー六景』以来、久しぶりの京都を舞台にした青春小説。果たして今回はどんな不思議が京都で起こるのでしょうか。
第170回直木賞受賞作品。
十二月の都大路上下(カケ)る
急きょ、先輩の代わりに駅伝に出場することになった1年生・坂東は極度の方向音痴。不安をいだきながらも走るうちに沿道の野次馬の走る姿が目に入る。
しかし、その野次馬たちの格好は、現代には不釣り合いな格好だった。
「本当にあるかもよ、ここ、京都だし」
『十二月の都大路上下(カケ)る』より
毎年12月に京都で開催される全国高校駅伝を舞台にした物語。途中まではちゃんとした青春小説だったのに、いつの間にか不思議な世界に引きずられていきました。
方向音痴の上、雪で視界不良の中、ふいに交わってしまった過去。確かに京都ならありえそう。高校生たちの駅伝の様子が臨場感たっぷりに描かれているので、余計に不思議な出来事が身近に感じます。
京都の住所を表す、上る(あがる)下る(さがる)をマラソンになぞられて「上下(カケ)る」とするタイトルがかっこいい。
八月の御所グラウンド
彼女に振られ、ヒマを持て余した朽木は、友人の多聞に誘われて八月の御所グラウンドで行われる野球大会「たまひで杯」に参加することに。
しかし、人員不足に追い込まれたチームは、留学生のシャオさんを勧誘。シャオさんは野球を見に来ていた男性にも声をかけ試合をすることに。
試合に参加した「えーちゃん」は見事な豪速球で敵を討ち取るが、シャオさんは彼の正体に気づいてしまい…。
ここからネタバレ
万城目学版のフィールド・オブ・ドリームス。
ここでは「野球場を作れば、彼が帰ってくる」ではなく「野球をしていると、彼らが帰ってくる」でした。過去と現在が交錯する中、最終的にみんなで野球を楽しむ姿がいいなあと純粋に思いました。
『八月の御所グラウンド』は救いの物語だと私は感じました。
物語中に戦争で野球人生を絶たれた野球選手が登場します。毎年お盆に帰ってくる彼らが、今も野球を楽しんでいるとしたら単純に嬉しいな、と思うのです。
そして、戦争で野球も命も奪われて、それでも単純に野球がしたいと思う彼らの姿は、諦めがちな現代の若者たちを救っているのかもしれません。
「たまひで杯」も「ホルモー」のように連綿と受け継がれていく。そこが京都らしい、京都でしか成立しない不思議なのでしょう。
『八月の御所グラウンド』も『鴨川ホルモー』と同じ世界線らしく、同じ名前の居酒屋「べろべろばあ」が登場するのも、ホルモーファンには嬉しいおまけでした。