昔見た向田邦子新春ドラマシリーズは、たいてい戦争前の時代、女系家族の穏やな生活が描かれます。
しかしその一方で、その家の女性が道ならぬ恋に落ちるストーリーに子ども心にスリルとエロさを感じました。
久しぶりにみた向田邦子新春シリーズは、やはり秘密の匂いがした。
淡々とした日常と、そこに潜む秘密。艶っぽいドラマを描いた脚本家・向田邦子さんの名エッセイ『父の詫び状』。
読むと絶対にハマってしまうだろうと、今まで読まなかったのですが、案の定ハマってしまいました。
懐かしい昭和の暮らしやお正月の様子が描かれています。
昭和のお正月
向田家は正月の来客が多く、子供の頃の向田さんはお客様のコートを預かったりお燗の番をしたり、お正月から家の手伝いをしていました。
小学生にお燗をつけさせるなど、今なら幼児虐待にあたりそうです。しかし、昭和の時代はこうして子供が家の手伝いをするのは当たり前でした。
私も向田さんほどではありませんでしたが、子供の頃は年賀の客に挨拶したり、台所を手伝ったりしたものです。
まあ、それはお年玉やお小遣い目当てだったのですが。
そして、昔のお正月はとても寒くて静かでした。昭和時代のお正月は、お店がほとんど閉まっていましたから。
向田邦子のエッセイは、そんな懐かしい、静かで美しい昭和のお正月が味わえます。
昭和の暮らし
向田邦子新春ドラマの中で空襲の後に家族も家も無事だったとき、隠しておいた食材を使って、お芋の天ぷらや砂糖入りの紅茶といった、ささやかで豪華な晩餐をひらくシーンが印象的でした。
実はこれ、向田さんご自身のエピソードだったんですね。『父の詫び状』を読んで初めて知りました。
ほかにも子供の頃のおやつの思い出、子どもたちが寝静まったあと大人だけで食べる果物。それを時々わけてもらったこと。そんな、食べ物にまつわる話が多く出てきます。
戦前の暮らしはとても静かで淡々としているけれど、時計のコチコチとした音や、母親が鉛筆を削る音、優しい生活の音に囲まれてとても美しいものでした。
懐かしい昭和の父親
向田さんの父親は、典型的な昭和の父親でした。見栄っ張りで家族には居丈高で尊大。気に入らないことがあれば怒鳴り散らす。子供である向田さんにも、正月客の宴を手伝わせたりしていました。
ただ、そんな居丈高な父親でも、時折ふとみせるやさしさや弱さを、向田さんはその鋭い感性で拾い上げて描き出しています。
そういえば昭和には多かれ少なかれ、向田家のような頑固で強い父親がいたものです。私の父もそうでした。
『父の詫び状』は向田さんの家族の思い出であるとともに、昭和の父親を持つ読者にも、自分の父親を懐かしむことのできるエッセイでした。