向田作品の根底にあるものはなにか。
それは彼女が育った「昭和」という時代と、「東京」という文化圏にある。作者の川本氏は解説しています。
昭和ことばに、懐かしい時代をうつす
向田作品には印象的なちょっと古い言い回しの言葉がよくでてきます。「べそをかく」「たち」「ご不浄」など。
私が好きなのは「こしらえる」(「作る」の古い言い回し)です。
「つくる」よりも手間がかかっている気がします。実際、昭和の家事は今よりもずっと大変だったので、弁当一つとっても「こしらえる」方がしっくりきます。
向田作品の昭和ことばは、直接的な言い回しの現代ことばと違い、柔らかいのです。
昭和のことばは、向田作品の重要な役割を果たしていました。
人に言えない家族の秘密を、絶妙なことばで包むように。
食と家族
昭和の台所では冬は白菜の漬物、夏は梅干し、家事にも年中行事がありました。
私も昭和生まれの人間なので、家族で保存食を「こしらえる」思い出を持っています。向田作品には食事はもちろん、それをこしらえるところもよく描かれていました。
嫁に行った娘が婚家に合わせておむすびの形をかえたり、母親の手伝いで白菜をつけたり。今では懐かしい情景です。
最近ではそんな季節感を見直す動きもあり、こうした季節の本をよく見かけます。
家族思いの父親
向田作品にたびたび登場する父親。苦労して支店長までのぼりつめた、いわゆる昭和の仕事人間でした。
エッセイにも「怒りっぽくてすぐどなり、家に会社の人間をよく招いては、家族に負担をかけていた。」と書かれています。
てっきり自己中心的な昭和の父親だと思っていたら、実は子ども思いで教養高く、やさしい父親だったのだとか。
向田さんのエッセイでは父親が亡くなる前にテレビでプロレスを見ていた。とありましたが、本当は娘の脚本の番組をみていたそうです。
他にも、娘の受験が夢にまで出るほど心配していたり、なかなか可愛いところがあるお父さんだったようです。
そんな父親の影響からか、向田作品では父親の不倫がよくでてくるけれど、家族はそれをどこか容認していることが多い。
今のドラマなら噴飯ものでしょうけれど、向田さんは長女で、父親の苦労を身近で見てきたからか「仕事で戦う父親が安らげる場所」が家族以外に求めることに寛容だったのです。