『宙わたる教室』伊与原 新

火星 小説感想
火星

宙わたる教室』は定時制高校の科学部が火星のクレーターの再現に挑む青春科学小説。

読んだあと、本を抱えて幸せな気持ちになれる物語です。そしていくつになっても、学ぶことは楽しい。

タイトルと単行本の装丁は、70年代のジュブナイルSFのような雰囲気があります。

文藝春秋
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『宙わたる教室』あらすじ

さまざまな事情を抱えた学生が通う、東新宿高等学校定時制。柳田岳人は文字が読めず学校をドロップアウトし、運転免許を取るために定時制へ。

日比ハーフのアンジェラはクラスのムードメーカーだが、勉強の難しさについていけず悩んでいる。家族のプレッシャーから保健室登校を続ける佳純。高校に行けなかった老人、長嶺。

数学・物理教師の藤竹は、そんな生徒を集めて科学部を結成。学会での発表を目標に火星のクレーターを再現する実験を行う4人。

果たして4人は学会発表の結果は…。

学ぶことの楽しさ

この小説で感じたのは学ぶことの楽しさです。学び方を工夫しさえすれば、大人の方が知識が入りやすいのだとか。

岳人がディスクレシア(文字の学習障害)だと見抜き、それにあった勉強法を提示すると、「スポンジが水を吸い込むように」知識を吸収し、成長していきます。

作中、勉強に追いつけないアンジェラに藤竹先生が「読解力が伴えば経験に基づいた知識とお互いに結びついて理解が早まるのでは」とアドバイスしています。

実際、彼女の料理人経験が実験の精度をあげる役割を果たしているので、経験や楽しさは学習を向上させるエネルギーなんだと実感させられます。

自身の偏見で子どもたちを追い込んだ『聲の形』のクソ教師に、藤竹先生の爪の垢を煎じて飲ませたいですよほんと…。

藤竹先生の優しい実験

物語の後半、藤竹先生が科学部を作った理由が語られます。それは生徒を公正させ、成長させるといった教育者としではなく、あくまで自分の実験であると。

学力や環境に恵まれない生徒たちの学力を引き出し、研究をさせたい。その結果何が起こるのか見極めたいと。

なんて優しい実験なんだろう。一見、冷徹に感じるけれど、少なくとも藤竹先生は生徒の能力を見極め、配置をしています。

これって、常識に凝り固まった普通の先生ではできないことだと思います。

たとえ自分のための実験であっても、人生に行き詰まっていた岳人たちに可能性を与えてくれました。これに「優しい」以外のどんな言葉を当てればいいのでしょう…。

全日制と定時制の交流

読み始めた当初、定時制高校、天文、というモチーフに90年代の青春ドラマ『白線流し』を思い出しました。

しかし、『宙わたる教室』では同じ机で星座をつなぐ、なんてロマンチックな展開はありません。全日制の子たちは定時制を疎んじています。

岳人が忘れたグラフをきっかけに全日制の要と机を介した罵詈雑言合戦が始まります。まあその出会いが後に、科学部にとってプラスなるのですが。

キムワイプと理系

伊与原新さんは実際に地球惑星科学を研究していた理系作家さんだそうです。確かに実験の内容も実際の研究発表に基づいたものですし、火星観測の情報も詳細。

けれども私が一番「この人マジで理系だな…」と思ったのが、泣いているアンジェラに藤竹先生がキムワイプを差し出すシーンです。

キムワイプは実験用の毛羽立たないティッシュですが、ゴワゴワしているので鼻をかんだりするのには不向きです。女性に差し出すにはちょっとなあ…。

科学実験まんが『決してマネしないでください 2』でも、キムワイプで鼻を噛むのは罰ゲーム扱いです。

『宙わたる教室』は2024年10月に、NHKでドラマ化が決定。

要と佳純の交流や、キャバクラ嬢の麻衣がなぜ科学部を助けてくれるのかなど、本編で語られなかったところが見れると嬉しいです。

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