『愛についてのデッサン―佐古啓介の旅』。古書店の若き店主・佐古啓介が、本に込められた人の思いを読み解いてゆくストーリー。
40年以上前の作品だけど、まったく色褪せないし面白さがあります。

旅と古書と謎解き
旅と古書と謎解き。そんなふうに書くと、ある種の推理小説を思い浮かべるかもしれません。
でも、この本にはそんな派手な展開はありません。
そういうものはラノベにおまかせしておきましょう。
『愛についてのデッサン』ではもっと大人の、本に秘められた人間の深い感情が味わえるのだから。
佐古啓介は父親の古書店を継いだ若き店主。友人や知人の依頼で本を探すために旅に出ます。
啓介は本と人の縁をつなぐうちに、自分の父がなぜ故郷を捨てたのか。そのわけを知りたいと思い、父の故郷・長崎へ向かいます。
それは後に、本を探すだけではなく、本を通じて相手の人生にも触れることになります。
本を探すだけが古本屋の仕事じゃない。人間っていつも失ったなにかを探しながら生きているような気がする。
昨日まで啓介と普通に本の話をしていたのに、その翌日に自殺を図った老人。
才能が枯渇したのにそれを認められず虚勢をはる小説家志望の友人。
詩に愛と、絶望をこめた詩人たち。
そこにはさまざまな人の、さまざまな思いが本に込められています。

美しくて深い謎解き
謎解きが終わってもすべてが明かされるわけではありません。啓介も探偵というより、本に秘められた人の感情を静観しているように思われます。
女性が体に悪いのに、おいしいと煙草の感想を漏らしたとき、彼女が道ならぬ恋をしているのではないかと感じる啓介。
その瞬間、同じく道ならぬ恋をして彼女を生んだ母親の人生が重なります。
美しく、詩的な文章なのに、読んだとき思わずゾッとするほど深いんです。
古書店の詳細な描写
目録による通信販売、地方で郷土史を仕入れると東京で高く売れる。新刊書の古本を指して「白っぽいもの」と言う。
そうした古書店ならではのエピソードも詳細に語られています。
野呂邦暢さんはエッセイで、旅先で書店や古書店をめぐると書いていましたので、取材も兼ねて頻繁に訪れていたのでしょうね。
また、野呂邦暢さんは、かつて大森にあった有名な古書店・山王書房の常連でした。だから古本屋事情には詳しかったのかもしれません。
山王書房店主・関口良雄さんの随筆『昔日の客』。
こちらに野呂邦暢さんとのエピソードが描かれています。