『八月の銀の雪』は、人生に行き詰まった人たちが、偶然の出会いによって救われていく物語。
地球の内側、クジラの生態、珪藻アートなど。自然科学の不思議で美しい世界に触れることは、人生を少しだけ豊かにしてくれます。
『八月の銀の雪』あらすじ
『八月の銀の雪』…人とうまくコミュニケーションが取れなず、就職も苦戦する学生。彼が論文を探しているコンビニ店員と話すうち、彼女が地球のコアを研究する留学生であることを知る。
『海へ還る日』…シングルマザーが偶然出会ったのは科学博物館で働く女性だった。彼女に誘われるまま、クジラの講演会へ。
『アルノーと檸檬』…夢破れた不動産会社の社員。管理するアパートに伝書鳩が住み着いてしまう。調べていくとその鳩は新聞社の伝書鳩の子孫だった。
『玻璃を拾う』…ある偶然から珪藻アートを作る男と知り合う女性。最初はけんか腰だったものの、珪藻のことを知るうちに距離が近くなる。
『十万年の西風』…浜辺で凧を上げる老人とであった男性。彼は元気象学者で今も観測を続けているという。彼と話すうちに、男は自分が抱えている問題を吐き出し…。
人生に行き詰まった時
この物語に出てくる人たちはみな、人生に行き詰まっています。就職がうまく行かず、詐欺に手を出そうとする大学生、ワンオペのシングルマザーなど。
そんな彼らが、地球の内核やクジラの生態、珪藻の美しさに出会うことで、新たな一歩を踏み出してゆきます。
原田マハさんのアート小説『〈あの絵〉のまえで』を思い出しました。
行き詰まってどうにもならない時、新しい世界に出会うことで、道が開ける。そんな出会いはアートも科学も同じなんじゃないかと。
美しく、深い科学の世界
伊与原新さんは、いわゆる理系作家です。
そのために登場する科学的な解説も資料と実績に裏打ちされています。
一つ一つかたちの異なる珪藻ガラスの美しさ。クジラたちが高い知能で何を思考しているのか。ハトの帰巣本能は数百キロ先に放しても返ってくる。
それらはとても新鮮で、読者の私も登場人物たちと同じく、感心したり、感動したり、新しい知見を得られて楽しい読書でした。
好奇心は猫をも殺す
もちろん、科学がすべて「良いもの」であるとは限りません。『十万年の西風』では、原発開発の裏側や戦時中の風船爆弾など、科学の負の部分も描かれています。
原発再稼働のために、数値をごまかす会社のやり方には憤りを感じます。福島第一原発の現場では今も、放射線を浴びながら必死に除去作業をしている人がいるというのに。
結局、そうしたごまかしが重なって原発事故が起こったのでは…。と考えずにはいられない。
原爆もその他の武器も、科学者の好奇心から生まれたものだし、そうした科学の負の側面も考えなくてはいけないのでしょう。

