『ともしびをかかげて下』ローズマリ・サトクリフ

砦 人間ドラマ

ともしびをかかげて下』。児童書の枠を超えた壮絶な人間ドラマです。ここには、物語のすべてがつまっています。

戦いの臨場感、美しい自然描写、みごとな伏線回収、当時の風俗や食文化、呪術などファンタジー要素も含まれいて、圧巻の小説でした。

この本を若い頃に読めた人は幸いです。しかし、大人になってから読んでも十分面白い。

著:ローズマリ サトクリフ, イラスト:チャールズ・キーピング, 原名:Rosemary Sutcliff, 翻訳:猪熊 葉子
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後半のあらすじ

サクソン人に父を殺され、妹を奪われたアクイラは、蛮族の奴隷となるが数年後に脱走。放浪の末にブリテンの王子アンブロシウスに仕えるようになる。

その後、アンブロシウスの命令で同盟部族の娘・ネスを娶る。だが、妹フラビアの裏切りに傷つくアクイラは妻にも心を開くことはなかった。

生まれた息子にも素直な愛情をかけてやることができないアクイラ。時は流れ、これまで小競り合いを続けてきたサクソン人との大規模な戦闘が始まる。

重厚な人間ドラマ

『ともしびをかかげて』は描写こそ優しいですが、重厚な歴史小説であり、人間ドラマです。しかも、「夫と妻」「父と息子」の確執という人生の難題を正面から描いています。

人の生きようは 他人には はかりがたい

妻や子の心を理解することの難しさをアクイラは身を持って体験します。

妻のネスは政略結婚で故郷から引き離されたため、アクイラに心を開こうとはしません。

アクイラも戦闘にかまけて家庭をかえりみないのです。やがて息子が生まれ、父としての喜びを味わうものの、息子とも確執が生まれます。

サトクリフは勧善懲悪やお仕着せの家族愛ではなく、葛藤を超えた家族の再生を描いています。

ブリテン島の美しい自然描写

とにかく、自然の描写がすばらしいんです。前半、ローマに別れを告げたアクイラが塔に登って灯火を灯すシーンでは

真珠色の羽のような雲が 風に吹かれて空を急いでいた

と、たまらなく美しい。主人公の行動と対比するように、自然は圧倒的な美しさで描かれています。

読んでいると、全く知らない時代の知らない土地なのに、風になびく雲や草花のにおいがを自分でも感じられるような気になります。物語の没入感がすごいのです。

上橋菜穂子さんによる解説

『精霊の守り人』『獣の奏者』『鹿の王』の作者、上橋菜穂子さんが若い頃サトクリフの作品から影響を受けたことは、ご自身の著作でも語られています。

『ともしびをかかげて』では上橋さんが解説を書かれています。この文章がすばらしい。

自分の意思と関わりなく、故郷から離されて結婚を強いられたフラビアとネスという二人の女性。

上橋先生は、彼女たちは「あきらめる」という選択をしたからこそ、新しい道がみつけることができたと語っています。

ネスの選択もフラビアの選択も、おなじ種から芽生えたものだということが、アクイラにはわかっていた。

ままならない場所で生きる女性たちの「あきらめる強さ」は見習っていきたいものです。

古代ローマの料理と食文化 現代に蘇るレシピ35種』にはローマ・ブリテン4部作で登場したローマ時代のレシピが満載。

蜂蜜酒はハーブと混ぜたりして飲まれていたそうです。

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