『吉原手引草』では吉原一の花魁・葛城の失踪について関係者たちがそれぞれの立場で語る形式で物語が進んでいきます。
物語の中心人物である葛城花魁が一切語らないのがまた、この話をいっそう面白くしています。
第137回直木賞受賞作品。
『吉原手引草』あらすじ
吉原一の花魁・葛城が失踪した。その謎を探るため、ある男が関係者に聞き取りを行う。引手茶屋の女将、店の男衆から馴染みの客まで、さまざまな者から事情を聞く男。
どうやら葛城の失踪には彼女の過去が絡んでいるらしい。葛城が失踪したその日、何があったのか、核心に迫る男が聞かされた真相とは。そして、謎の男の正体は…。
吉原という異世界
とかく遊郭を題材にした話は、遊女の悲惨さや、ドロドロした情念が描かれがちです。
しかし『吉原手引草』は、吉原という異世界をニュートラルな視点で描き出すとともに、ミステリー要素を加えて、今までにない遊郭ものに仕上がっています。
遊女や吉原に生きる人々の暮らしや生計(たつき)についても詳しく描かれています。吉原では遊女が客に自分の指を切って送る風習がありますが、実はその偽物を作る稼業もあるんですって。
客を喜ばす(金を搾り取る)仕掛やエンタメ要素が散りばめられているのが遊郭という世界なんですね。
「藪の中」の葛城花魁
葛城という花魁がどんな素性の女性だったのか、失踪の真相について迫っていきます。実は葛城は武家の出で、禿(遊郭の見習い少女)には中途半端な年で吉原に来ました。
とても頭が良く、人を見抜く力があった葛城。彼女はなじみ客や後輩遊女、店主までをも味方につけて、ある計画を実行します。
芥川龍之介の「藪の中」を思わせる話でした。結局のところ最後の真相が本当なのか、いまいち確信が持てません。
しかし、吉原というところは作者が何度も言うように、「女郎の誠と卵の四角ない」世界なのです。ネタバレも無粋というものでしょう。
最後の章のタイトルも「詭弁 弄弁 嘘も方便」とありますから、いったいどれが本当なのか。当の葛城花魁が語らない限り、本当の真相は藪の中なのかもしれません。
Audible版の『吉原手引草』
オーディオブック『吉原手引草』の魅力は、なんといってもキャラクターの話言葉です。「わっち」「ありんす」など、廓言葉を実際に聞けるのはAudibleの醍醐味です。
吉原の若い衆が話すべらんめえ調や、鉄火な芸者ことば、老獪な隠居の嗄れ声など、実に多彩。
ほかにも、越後のお大尽は朴訥な地方人といった感じで、その性格にあわせて声が作り上げられています。
キャラクターにあわせたセリフのイントネーションが素晴らしかったです。
Audible版の『吉原手引草』は、耳だけ江戸の吉原にタイムスリップしたような感覚が味わえました。