『こぽこぽ、珈琲』は、珈琲をテーマにした随筆、エッセイを集めたアンソロジー。ひとくちに「珈琲」といっても、作家によって表現はさまざま。
喫茶店の珈琲が好きな方、珈琲を入れる器具にこだわる方、お気に入りの喫茶店の紹介、コーヒーを飲みながらの会話など。
珈琲が店によって味が異なるように、随筆もまた、1作ずつ味わいが異なります。
本とコーヒーが大好きな人におすすめ。
人気作家の、珈琲にまつわる日常
村上春樹さんやよしもとばななさんなど、人気作家のコーヒー物語が楽しめます。
野呂邦暢
野呂さんが学生時代、叔父と映画の帰りに喫茶店に立ち寄るエピソードが書かれていました。この博学な叔父から、文学やクラシック、そして珈琲の薫陶を受けたんですね。
こちらの随筆でも、昭和前期のコーヒー店の様子が絵ががれています。当時はクラシックのレコードをかけていたんですね。
湊かなえ
言わずとしれたイヤミスの女王。実は私、湊かなえさん作品はなん苦手です。
エッセイとはいえどんな後味の悪い展開が待っているのか、もしかしたらショックで今後珈琲を飲めなくなったらどうしよう…。
と、けっこう勇気をもって読み始めたところ、中身は楽しいエッセイでした。
湊さんがエスプレッソマシンを景品で当ててから、美味しいおうちコーヒーを楽しもうとする様子が、やさしくて楽しい文章で描かれています。
ただ、そういう「やさしくて楽しい」人が書くからこそ、イヤミスが恐ろしいんだろうな…
戦争と珈琲
『こぽこぽ、珈琲』では、時代もジャンルも違う文章が掲載されています。中には戦時中のエピソードも。
塚本邦雄という歌人が残した文章によると、この方は大のコーヒー好きで、戦争中は「珈琲が飲めそうだ」という理由だけで南方の戦線へ。
コーヒーをしこたま飲んで胃を壊して入院、戦後もコーヒーを求めて横浜まで行き、進駐軍払い下げの出がらしを飲んでいたのだとか。
野呂邦暢さんも戦後の珈琲について「大豆粕を挽いたような粉末が売られていた」と書いてあります。
けれども、そんな粗悪品でも人々は珈琲を欲していたのでしょうね。
老舗喫茶店の話
作品の中には、今でも営業している老舗喫茶店も登場します。
ロージナ茶房と山口瞳
国立の老舗喫茶店、ロージナ茶房。
私も何度か訪れたことがあります。
避暑地のコテージを思わせる落ち着いた木造の屋内と、美味しい珈琲、軽食のサンドイッチは昔ながらのおいしさです。
ナポリタンはアルミの楕円皿にどーんと。国立は学生の街なので、学生がお腹いっぱい食べられるように工夫したのだとか。
エッセイでは山口瞳さんと、ロージナ茶房創のマスター伊藤氏との交流が描かれています。伊藤さんは骨董の目利きでもあり、店内には厳選された骨董品が飾られていたそうです。
京都のイノダコーヒ
イノダコーヒといえば、分厚いカップに最初からミルクと砂糖が入っている京都の老舗珈琲店。
イノダコーヒは若い頃に何度か訪れたことがあります。
常連の旦那衆が新聞や本を広げ、思い思いに自分の時間を楽しんでいる姿がエッセイと全く同じ。
訪れた時、なんだか外国に来たような、自分にはない文化を見せられた気がしたものです。
職人の街である京都イノダコーヒでは、店側がこだわりを見せないことなのだとか。そんなところが旅人には興味深く、また敷居の高い空間でもあります。