三越百貨店をモチーフにしたアンソロジー短編。表紙の装丁も三越の包装紙「華ひらく」がデザインされています。

「思い出エレベーター」辻村深月
迷子の男の子が三越を巡るうちに、かつての両親や伯母、そして大好きだったおじいちゃんと少年の姿を見つける。
長い歴史を持つ三越だからこそ、こんな魔法のような瞬間が訪れるのかもしれない。家族愛に溢れた文章に思わず涙がこぼれました。
三越本店の大理石にはアンモナイトがあり、『化石探検MAP』などもあるそうです。
「Have a nice day!」伊坂幸太郎
「誰にも見られず、三越のライオン像にまたがると願いが叶う」という言い伝えを聞いた女子中学生二人。先生の協力を得てライオン像にまたがると、デジタル数字と黒い雲が見えた。
これはなにかの予兆なのだろうか。十数年後、ライオン像で見た風景が現実のものに…。
いきなりUFOが出現して驚きましたが、キャラクターたちの面白さや展開の面白さに引き込まれました。新海誠風な爽快感も感じます。
「雨あがりに」阿川佐和子
母と三越に買い物に来た女性。母は昔三越に勤めていたため、人生の大事な場面ではいつも三越を利用していた。
屋上でのリモート会議を終えると、母の姿が見えない。もしや認知症では…と焦ってアナウンスを頼もうとしたら、自分宛てのアナウンスが聞こえてきて…。
阿川佐和子さんらしい距離感のある、でも仲の良い家族のお話でした。
「アニバーサリー」恩田陸
閉店後の三越では、店内の像たちが何やらおしゃべりをはじめる。天女像やライオン、絵巻の犬たちが何やら騒がしく、その瞬間を待っているのだった。
三越はもともと、イギリスのハロッズを参考につくられた百貨店で、イギリスとの縁が深いためこうしたストーリーになったのでしょうね。
博物館の展示物が動き出す話は聞いたことがありますが、三越のように歴史のある百貨店なら展示品たちが付喪神のように喋りだすのかも。
「七階から愛をこめて」柚木麻子
奏とロシア系のアンナはバンド仲間で親友同志。二人が三越を訪れると七階の特別食堂で遺書を拾ったり、パイプオルガンが鳴り出したりと不思議な出来事に遭遇する。
戦前の三越では、女学校の先輩後輩である貴族令嬢と販売員がそれぞれの事情をかかえて三越のパイプオルガンの前にいた。時空が交錯する三越の中で、二組の友人たちは何を見つけたのか。
お子様ランチって三越が発祥なんだそうです。今では大人も食べられるお子様ランチメニューがあるのだとか。ぜひ、食べてみたいものです。
そして、アンナたち登場人物の未来が幸せでありますように。
「重命(かさな)る」東野圭吾
男の遺体が川から発見される。なぜ川に遺体があったのか。草薙刑事とともに現場を訪れる湯川は、ある結論を導きだす。
日本橋三越や水天宮が出てくるので主役は『新参者』の加賀恭一郎かと思っていたのだけど、なんとここで『ガリレオ』の湯川先生が登場。
計算によると、ひき逃げの勢いで川に落ちるのは不可能。そこで湯川先生が出した結論は…。湯川先生の推理がこのタイトルに重なります。
まとめ
これまでもアンソロジーは読んできましたが、百貨店をモチーフにした小説って想像もつきませんでした。
しかし、三越をタイムマシンに見立てたり、ライオン像の言い伝えや三越の歴史を組み込んだりして、作家さんごとに個性豊かな三越物語が堪能できました。
ライオン像や天女像を眺めてお菓子を買って、パイプオルガンの演奏を聞いたら七階の特別食堂でお子様ランチをいただく。
そんな休日を過ごしてみたくなりました。
