『目の見えない人は世界をどう見ているのか 』 は、作者が美術・学術的な視点から、目の見えない人の見ている世界を探っていく本です。
そこには「かわいそう」、「見えないから、他の感覚が超人的に優れていそう」といった、見える人が考えがちの視覚障害者の印象を覆す、「目からうろこ」の発見がありました。
目の見えない人とは
目の見えない人とは、目の見える人と異なる「視点」を持つ人々のことなのかもしれません。
この本で興味深かったのは「見える人」と「見えない人」との違いは、四本足の椅子と、三本足の椅子の違いで表されていたことでした。
四本足の一本をとった、不安定な形ではなく、三本でバランスをとっている形であると。
たしかに、目が見えないことで不便は生じるでしょうが、でもその中でも、彼らはバランスをきちんととっているのですね。
視覚がないから、死角もない
目の見えない人が対象を認識するには、模型が使われます。
そのため、立体的な感覚が身についているのだそうです。坂道を上がることで、地形全体を認識したり、ウラとオモテがなく、すべてを平等に知覚することができる。
逆に、目が見えるからこそ、脳の中で喜捨選択が行われ、無意識に「見ないもの」、つまり死角ができてしまう。
京極夏彦の『姑獲鳥の夏』を思い出しました。
登場人物が「そこに見えるモノを、無意識に視界から消して、なかったことにしてしまう」という現象を体験します。これも、見えるからこその不便なのかもしれません。
目の見えない人のための美術館賞・ソーシャルビュー
これもまた、興味深い内容でした。
「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」では、見える人と見えない人で美術館に行き、見える人は、その絵の内容や、感じたことを言葉にする。
見える人は、その言葉から、絵画を自分の中で組み立てて「鑑賞」する。
また、見える人も、説明をするとなると、いつもより丁寧にみるせいか、湖だとおもっていたものが、草原だったりと、新たな発見をします。
ああ、こういうのもありなんだな、と。単純に感動しました。新しいものの見方を教わった気がします。ソーシャルビュー、ぜひとも参加してみたい。

