野呂邦暢は昭和49年に『草のつるぎ』で芥川賞を受賞。向田邦子からも実写化をオファーされる小説家でした。
40代で急逝したため、今では古書マニア以外からは忘れ去られています。
『小さな町にて』は、そんな野呂邦暢昭和20年代後半の少年期から、職を転々とした青年期までを綴ったエッセイ。何度読んでも感動する、読み飽きない本です。
知識を貪った時代
『小さな町にて』の文章からは、戦争からの開放感とそれまで抑圧された知識を求める熱量、それがビシビシと伝わってきます。
物はなくとも精神が飛躍する、豊かな時代がそこにはありました。
この本の中で、私が最も感銘をうけたのが彼の叔父とのエピソードです。
電電公社(現在のNTT)に勤めていた叔父は戦争と家庭の事情で進学を諦めたものの、本とクラッシック音楽を愛したインテリでした。
ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ
「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」という言葉の出展を調べるために事典を読み漁り、各所に手紙を贈り、図書館に何度も通います。
野呂邦暢が「なぜそんな(役に立たない)ことをするのか」と問うと、叔父は「ただ知りたいからだ」と答えます。
今だったらGoogleやAIで1秒もかからないのに、昭和20年代では大変な苦労をしないと答えにたどり着けない。
まるで飢えを満たすように、知識を貪り、自分の物にしたいと切望する熱量。
それは、デジタルに慣れてしまった現代の私からすると、とても衝撃的で感動さえ覚えました。

本と珈琲と、音楽の青春
野呂邦暢の青春時代は、本と珈琲と音楽で占められていました。
貧乏で思うように本が買えなくても、古本屋で手頃な本を探しては喫茶店で一日中本を読む。
名曲喫茶ではクラシック音楽を聞きまくる。
ときには友人たちの下宿で文学や芸術について夜通し話し込む。
社会生活にかかわらず、好きなものをひたすらインプットするだけの時間は、なんて贅沢なんだろう。
大人になってからはしみじみと思います。それは、作者も同じだったんじゃないかな。
山王書房店主・関口良雄
『小さな町にて』の中には、作者が出会った個性豊かな人々が描写されています。
中でも印象深いのが、東京・大森の古書店・山王書房の店主とのエピソードです。
山王書房の店主関口良雄氏は俳人でもあり、文章にも秀でた方で、若き日の野呂さんはよく本をまけてもらっていました。
実は、山王書房店主・関口さんの随筆『昔日の客』にも野呂さんが登場します。
作家になり、ふたたび山王書房を訪れた野呂さんでしたが、関口さんは当時のことをあまり覚えていなかったのだとか。
それでも「昔日の客」として再会を喜んだ文章が綴られています。
わたしはこういう、本が「つながる」エピソードが大好きなんです。ひとつの本から別の本へ、読書の世界が広がっていきますから。
- 『愛についてのデッサン―佐古啓介の旅 』
- 『小さな町にて』
- 珈琲アンソロジー『こぽこぽ、珈琲』

