『野呂邦暢ミステリ集成』野呂邦暢

野呂邦暢ミステリ全集 ミステリ・ホラー

野呂邦暢ミステリ集成』は、推理小説的な中短編とエッセイを収録した作品集。

そこには派手なトリックもバラバラ殺人もなく、ただ「わからないこと」への恐怖と不安があるだけ。

でもそれが、奥深くて面白い。

中央公論新社
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主人公の内部に深く埋もれていたものが明るみに出て来る(中略) このようなミステリには事件はいらない。平凡な日常生活があれば事足りるのである。

著者は随筆でミステリについて、このように語っています。本書はまさに、人の記憶に埋もれた「事件」を記憶の底から引き上げたような物語です。

失踪者

友人の死の真相を知るべく、北陸の島を訪れた主人公が島の秘密を知ったために幽閉される。

なんとか逃げ出して潜伏するものの、唯一の脱出手段であるフェリーに乗ろうとすると追手に捕まり…。


島独特の恐ろしい風習と閉鎖的な島民たちから逃れる主人公。島民全部が敵の中、主人公がどうやって島を逃れるかがスリリングに描かれています。

洞穴での潜伏生活、漂着物での筏づくり、蛇やカエルを食らうサバイバル生活。

ここには作者の自衛隊時代の経験がいかされているらしく、描写がリアルでハラハラさせられました。

もうひとつの絵

極端に夕日を怖がる男性が、前の住人が描いた絵によって幼少の出来事を思い出す。記憶を取り戻すように絵を剥がし、「もうひとつの絵」を見ようとする。

それさえわかれば、自分が罪を犯したかどうか分かるのだから…。

「絵」と「幼い頃の記憶」による事件は綾辻行人さんの『人形館の殺人』を思い出しました。あれもまた、曖昧な記憶が事件に繋がる話でした。

運転日報

高校教師が婚約者の売春の噂を聞き、真相を探ろうとする。

ぐうぜん、タクシー運転手から売春婦が利用しているタクシーを知った彼は、その運転日報を手に入れたい。それさえあれば恋人の真相が明らかになる。

しかし、一介の教師にはそんな権限はない。そこで彼の撮った行動は…。はたして彼女は本当に売春をしていたのか。

行動や言動によって、どちらにもとれるところに不安と面白さがある作品でした。

ミステリと随筆

これまで野呂邦暢の随筆では、難しそうな翻訳小説や詩、芸術書が多く、まさかミステリが趣味だとは思いませんでした。

しかし実は「下戸なので酒の代わりにミステリを嗜む」ほどのミステリ好きだったそう。鮎川哲也やモース警部を愛読していたのだとか。

随筆では海外ミステリの感想を書いていますが、当時の日本のミステリはあまり好きではなかったようです。

通産省の課長補佐というのは味気ない」というのは、松本清張の『点と線』のような社会派ミステリのことを指すのかな?

戦後のミステリは社会派が一世を風靡していましたしね。(点と線にも省庁の管理職が登場します)

80年代になると島田荘司や綾辻行人など、本格ミステリ時代が花開くのですが、その頃にはもう、野呂邦暢は亡くなられていました。

今の新本格ミステリを読まれたら、どんな感想を書いていたのでしょうか。

本にまつわるミステリ

同じく野呂邦暢さんの『愛についてのデッサン』は、本に関わる人たちの記憶と日常がミステリ感覚で読める作品です。

著:野呂 邦暢, 編集:岡崎 武志
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