『罪の声』の塩田武士さんが、大泉洋のためにあてがきした『騙し絵の牙』。話術に長けた編集長・速水が自身の雑誌の廃刊を阻止すべく奮闘します。
けれどもその裏にもうひとつ、「騙し絵」のようなどんでん返しがあり…。
『騙し絵の牙』 は、その後実際に大泉洋さん主演で後に映画化されています。
出版界の陰
出版界の光の部分が『重版出来!』だとしたら、『騙し絵の牙』は出版界の陰の部分を描いた作品でしょう。
ネットに時間を奪われ、もはや風前の灯と化した出版界。
作家の発表の場であり、収入源である文芸雑誌を廃刊に追い込む出版社。
読者よりも話題性と売上を求める会社上部、売上重視で中身のない媒体なりつつある出版。
そんな現状に作家も編集も疲弊していく。
今までのやり方では、本や雑誌は他のメディアに太刀打ちできない状況にまで追いやられているんですね。
有川浩さんも著作で、
「活字を読む人は希少種(になっている)」
「これまでの伝統を守っているだけでは、活字は他のコンテンツに勝てない」
とおっしゃっていましたしね。
「騙し絵」の持つ意味
速水は雑誌の廃刊を阻止すべく、あの手この手で雑誌の売上を伸ばそうと奮闘します。
メディアミックスが期待できる女優の小説掲載、テレビ局への根回し、果てはパチンコ産業とも手を組みます。
しかし、そのどれもが後手にまわってしまい、上司、部下にまで裏切られてしまいます。
最後に速水は労働組合の会合で、自分の編集への思いを吐露しますが、それも空振りに終わってしまう。
そんな展開が第一章から第六章まで続きます。
「速水はこのまま負け組で終わってしまうのか…。」と思ったら、最後の最後に文字通り「騙し絵」のもうひとつの顔が浮かび上がってくるんです。ま
るでどんでん返しのように。
これだけでもネタバレになりそうなので、ぜひ読んでみてください。
出版界を支えるためにも、できれば単行本で、正規の値段で。
娘への愛が深すぎる
最後に一つ、気になったところを。
私が彼に感情移入できなかったのは、不倫ではなく、妻を人間扱いしなかったことです。
速水にとって娘だけが家族であり、愛すべき対象なんです。
もちろん、妻の方にも問題はありますよ。
でも速水は徹底して妻に「愛する娘を世話する人」以外の役割を与えなかったんです。
これは、夫が一番やってはいけないことだと思います。
娘にとっても「愛する母」を疎んじるのが「愛する父」だった場合、ふたつに引き裂かれるわけですよ。心が。
速水も娘を傷つけたことを深く後悔はするのですが、愛情のベクトルは最後まで娘だけに向いています。
本屋大賞を受賞した朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』でも、登場人物が娘へ妄信的な愛情を注ぐ姿が描かれます。

